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仙台市政だより 2019年4月号

特集 政令指定都市30周年―未来へつなぐ、これまでの軌跡1

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宮城県仙台市 クリエイティブ・コモンズ

東北の政治・経済の中心的都市として発展してきた仙台市。平成元年4月の政令指定都市移行から、30周年を迎えました。これまでの歩みを、写真と年表でたどります。

■政令指定都市への歩み
慶長5年(1600年)、伊達政宗公が居城を定め、都市として歩み始めた仙台。明治22年(1889年)には市制を施行し、人口約8万6千人の仙台市が誕生しました。 
政令指定都市は、昭和31年に施行された制度で、都道府県の権限の多くが移譲されます。 
昭和52年には、仙台都市圏広域行政推進協議会が設立。市町村の区域を越えた広域行政が本格化しました。そのような中、本市と日常生活圏が一体的な関係の地域との合併により政令指定都市への移行を目指し、総合的なまちづくりを推進しようとの機運が高まり、昭和62年に宮城町、昭和63年に泉市、秋保町と合併。平成元年4月に、本市は全国で11番目の政令指定都市となりました。 
同時に区を設置。それまで本庁舎で取り扱っていた窓口事務の多くが、青葉、宮城野、若林、太白、泉の5つの区役所と、宮城、秋保の2つの総合支所へ移りました。当時の人口は約89万6千人、新たなまちづくりが始まりました。

■政令指定都市としての都市基盤が充実
移行の前後から、仙台市では、施設の建設や交通基盤の整備が進むとともに、大規模イベントが開催されるなど、政令指定都市としての魅力や活力を増していきます。 
平成元年には花と緑の祭典「グリーンフェアせんだい」を開催。大花壇の整備やパビリオンの出展などが行われ、80日間の期間中に全国から約138万人が集まりました。平成3年には、第1回仙台ハーフマラソン大会を開催。当時の参加者151人から、現在は1万人以上が参加する国際大会となり、都市型のハーフマラソンとしては屈指の大会に育ちました。 
同年に市民ボランティアの手でスタートしたのが「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」。今も「楽都(がくと)仙台」を代表するイベントの一つとして、多くの方に親しまれています。同じ年に仙台国際センターが開館。主に国際会議などのコンベンションの会場として利用され、仙台と世界を結ぶ国際交流の拠点施設となりました。そのほか青年文化センターや福祉プラザなどのさまざまな施設が、この時期に開館しました。 
また、昭和62年開業の地下鉄南北線が、平成4年に泉中央駅まで延伸したほか、平成6年には仙台東部道路・南部道路の一部を供用開始するなど交通網の整備も進み、都市基盤の充実が図られました。

■市民協働のまちづくり
順調に人口が増え、大都市へと成長を続けてきた仙台市は、平成11年に人口100万人を突破。都市としての成熟期を迎えました。
交通体系や環境などの質を重視した集約型のまち、動きやすく暮らしやすいコンパクトなまちづくりを目指すとともに、行政だけでなく、市民や企業と連携する「協働」によるまちづくりを推し進めていくこととなります。 
平成11年には、市民活動サポートセンターが開館。市民活動やボランティア活動の拠点となり、多くの市民活動を生み出しました。
平成13年に、せんだいメディアテークが開館。チューブが並ぶ仕切りのない空間は開放感にあふれ、映像文化や美術などの拠点施設となるとともに、この建築物を見るために国内外から多くの人が訪れました。同じ年には、才能ある若い演奏家を世界に送り出している「仙台国際音楽コンクール」の第1回を開催。3年に一度のコンクールは、ホームステイ受け入れなど市民ボランティアに支えられ、今年で7回目を数えます。 
平成14年にはベガルタ仙台がプロサッカーリーグのJ1に初参戦。平成16年には、宮城球場を拠点とする東北楽天ゴールデンイーグルスのプロ野球新規参入のほか、プロバスケットボールチームの仙台89ERS(エイティナイナーズ)が設立。市民の熱い応援を受け、多くの人に愛されるプロスポーツチームが育ってきました。 
同年には「第1回グリーン購入世界会議」を開催。環境への配慮を推進する「グリーン購入仙台宣言」を採択し、地球規模での連携を訴えました。また、毎年秋に開催のクラシック音楽の祭典「仙台クラシックフェスティバル」は、平成18年に第1回を開催。「百万都市仙台」では、市民の力がまちを動かし、さまざまな文化やイベントが生まれ、育ってきました。

■震災を乗り越え、ともに前へ
平成23年、市内の最大震度6強となる東日本大震災が発生。津波により沿岸部が壊滅的な被害を被ったほか、内陸部の住宅地など広範囲に甚大な被害を受けました。
発災以降、全国・世界中からの救援をいただきながら復旧・復興に努め、同年11月には震災復興計画を策定。生命と暮らしを守る「新次元の防災・環境都市」を実現するため、市民と「ともに、前へ」復興を力強く推進してきました。防災集団移転や被災宅地復旧等の事業を進め、平成27年までに防災集団移転先の宅地の整備が完了、翌年には復興公営住宅が全て完成しました。 
復旧・復興のさなかに、震災からの復興と犠牲者の鎮魂を願い、東北六県の6つの祭りを一堂に集めて平成23年に仙台から始まったのが「東北六魂祭」。現在は「東北絆まつり」として、東北一巡を目指しています。 
平成27年には第3回国連防災世界会議が仙台で開催され、パブリック・フォーラムを含め延べ約15万人が参加。市民や企業等多様な主体による防災の取り組みの必要性などを示した「仙台防災枠組」が採択されるとともに、東日本大震災被災地から防災や復興の取り組みなどを国内外に発信しました。 
同年には仙台で2路線目となる地下鉄東西線が震災を乗り越え開業し、南北線を含む交通の軸が完成。市民の足として、新たなまちづくりを支える存在となりました。
また、震災の経験や教訓を継承する施設として、せんだい3・11メモリアル交流館が平成28年に開館、29年には荒浜小学校を震災遺構として公開しました。多くの方に震災の記憶を伝えています。

■市民の皆さまとともに歩みを進めていきます
平成から次の時代に移ろうとする中、これからのまちづくりにおいては、都市の個性や強みを生かしていくことが必要となります。未来に向けたまちづくりの指針となる、新総合計画の策定に向けた取り組みも本格化します。ワークショップなど多くの市民参画の機会を設け、市民の皆さんと力を合わせて新しい仙台の未来を描いていきます。復興の次のステージに向けて、ともに歩みを進めていきましょう。

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